「ストレスケア」全国に広がる
うつ病などの患者を専門に受け入れる「ストレスケア病棟」が全国に広がり始めた。ほとんどは外出が自由な「開放病棟」で、大きな窓や広いロビーなど環境を工夫し、薬物治療だけでなく、カウンセリングや家族のケア、復職プログラムの充実も図る。うつ病治療の新しい試みとして期待されている。
くつろぎ空間でカウンセリング
福岡県大牟田市の不知火病院。川沿いに立つ病院の一角に、ストレスケア病棟「海の病棟」 （48床）がある。病室や談話室の大きな窓からは、たっぷり太陽の光が注ぎ、有明海の潮の満ち引きを感じられる。
同県の男性会社員（44）は昨年11月から、うつ病で入院している。約3年前、連日の残業と職場での人間関係が原因で発症した。
以前に入院していた精神科病院は、高齢で重症の患者が多く、看護師にほとんど話を聞いてもらえなかった。だが、海の病棟には、カウンセリングの専門教育を受けた「カウンセリングナース」が2人いる。
主治医は、男性本人だけでなく、妻や両親、職場の上司との面接も重ね、妻に院内の家族のための自助グループを紹介してくれた。
「カウンセリングを続けるうちに、原因は妻とのコミュニケーション不足にもあったと気づきました」と男性は話す。抗うつ薬は入院前の3種類から徐々に減り、現在は1種類。復職に向けた訓練を積んでいる。
家族への支援や復職訓練も
89年にできた海の病棟には、うつ病のほか、パニック障害や強迫性障害などの患者が入院する。40〜50代の男性が中心だ。�〔�物治療・休養�▲�ウンセリング・集団療法��復職訓練をへて、2、3カ月で退院していく。専従精神科医は3人。カウンセリングナースのほか、臨床心理士や作業療法士、音楽療法士やアロマセラピストもいて、合唱を楽しんだり、アロママッサージを受けたりできる。
福島県郡山市の「あさかホスピタル」は7年前、ストレスケア病棟「すみれ病棟」 （51床）をつくった。
ナースステーションやリビングルームを中心に四方に病室が配置され、それぞれに小さなだんらんスペースがある。佐久間啓院長は「うつ病の患者は、コミュニケーションの苦手な人も多い。少人数で過ごせる空間が必要だ」と話す。4人部屋でも、1人ひとりに窓があるように設計した。
昨秋からは患者の心理教育にも取り組む。作業療法士の高橋昌子さんが中心となり、患者4、5人が一緒にストレスとの付き合い方を学んだり、互いの体験を分かち合ったりする。
薬以外の治療の力／経営面など課題
不知火病院の徳永雄一郎院長らは00年、埼玉県の戸田病院など4病院で、「日本ストレス病棟研究会」をつくった。互いにノウハウを交換しようと、年1回の研究会を開き、職員の研修も実施する。加盟病院は13病院＝下記参照＝に増えた。
■ストレスケア病棟をもつ病院■
| 病 院 名 |
所 在 地 |
連 絡 先 |
| あさかホスピタル |
福島県郡山市 |
024-945-1701 |
| 戸田病院 |
埼玉県戸田市 |
048-442-3824 |
| 西八王子病院 |
東京都八王子市 |
0426-54-4551 |
| 松原病院 |
福井市 |
0776-22-3717 |
| 神経科浜松病院 |
静岡県浜松市 |
053-454-5361 |
| 仁大病院 |
愛知県豊田市 |
0565-45-01110 |
| 関西記念病院 |
大阪府枚方市 |
072-867-0051 |
| 草津病院 |
広島市
|
082-277-1001 |
| いわき病院 |
高松市 |
087-879-3533 |
| 不知火病院 |
福岡県大牟田市 |
0944-55-2200 |
| 可也病院 |
福岡県志摩町 |
092-327-0131 |
| 西脇病院 |
長崎市 |
095-827-1187 |
| ウェルフェア九州病院 |
鹿児島県枕崎市 |
0993-72-0055 |
（日本ストレス病棟研究会による）
うつ病患者は、閉鎖病棟にほかの患者と一緒に入院することが多かった。だが精神疾患はそれぞれ必要な対応が異なる。うつ病の場合はカウンセリングによって性格を見つめ直し、復職訓練で社会復帰をスムーズにすることが重要だ。
日本うつ病学会理事の樋口輝彦・国立精神神経センター武蔵病院院長は「うつ病は薬を飲んで休んでいればいいとされてきたが、最近は薬辛が効きにくい難知性のうつが問題になるなど、薬以外のサポートが重要になっている。ストレスケア病棟は治寮の新しい方向を示している」と評価する。
また、うつ病患者の自助グループ「MDA（うつ・気分障害協会）」の山口律子代表は「自宅で療養していると、家族関係で息詰まることも多い。そんな時にストレスケア病棟を利用できれば、回復も早くなる」と話す。
だが、課題も残る。患者の声に耳を傾けるためにスタッフを増やし、ケアを充実させれば、人件費もかさむ。しかし、臨床心理士や音楽療法士には保険点数はつかない。厚生労働省の研究班でも「ストレスケア病棟のあり方」が議論され、精神科医を増やすごとに点数を加算する仕組みも提言されたが、今回の診療報酬改定では見送られた。
保坂隆・東海大医学部教授（精神医学）は「自殺者が毎年3万人を越えるなかで、自殺予防対策としての役割りは重要だ。今後はストレスケア病棟の有効性を示し、数を増やしていく必要がある」と話している。
2006年3月14日「朝日新聞」より
